Mar 18, 2020

ネイルアートの”三方良し” ~する人にもされる人にも、ネイルアートをもっと楽しく~

Game Changer Catapult

ネイルアートの”三方良し” ~する人にもされる人にも、ネイルアートをもっと楽しく~

Written by nafeee リーダー 甘利 啓太郎


はじまりは米国駐在員の奥様の一言

2018年の冬、米国出張中のことです。一人の女性が私に尋ねました。

「パナソニックは何故ネイルアート事業をやらないの?」

彼女は現地販売会社駐在員の奥様。その日、たまたま夕食会で同席しただけで面識もなかったのですが、私が美容家電のマーケティング担当であることを聞き、声をかけてくださったのです。

「ジェルネイルをするために34週間に1度、ネイルサロンに行って、そうね...毎回56千円円くらい払っているかな」

1年間に15回ネイルサロンに行くと見積もると、7万円を超える、決して安くない出費です。それでもネイルをしたいという極めて強い欲求が、存在している―ネイルアートの知見・興味がほぼゼロであった私も、ネイル関連ビジネスについて大きな関心を持ちました。

その様な思いをもって帰国すると、同様のことを考えている仲間がすぐに見つかりました。

女性美容商品のマーケティングを担当している同僚の松井はなです。彼女は、ネイルプリンタの商品化構想を温めていたのです。早速私たちは「放課後商品企画部」というタイトルの企画書を作りはじめました。冗談半分で、いつか発表するための"種まき"のつもりでしたが、その機会は、案外早くおとずれました。社内の新規事業創出プログラム、「Game Changer Catapult (ゲームチェンジャー・カタパルト)」がビジネスアイデアの募集をしているのを知ったのです。ただ、それは応募締切りの1週間前のことでした。

"ON"から"OFF"方向転換

Nafeee1.jpgプロトタイプの制作風景

目前に迫るビジネスアイデアコンテストに応募すべく、新メンバーにIoTアプリ開発の経験を持ち、クラウド技術を担当する川口、要素技術、その中でも材料開発に強みをもつ梅本をむかえ戦力が充実した私たちのチームは、「家庭用IoTネイルプリンタ」を考案しました。そして書類審査、社内幹部へのプレゼンを経て、無事選考を通過することが出来たのです。

「豊富なネイルデザインをアプリで受発信できるWEB基盤を構築し、ネイルプリンタを用いて高品位なネイルアートをいつでも自宅で楽しめる」。大まかにはそのような企画内容で、無邪気にも、ささやかな自信を持っていました。

しかし、この企画は、その後行った数々のユーザーインタビューを通じた気づきにより、大幅な方向転換をすることになりました。

ネイルアートをする人たちは、爪に装飾を施す工程、いわゆる"ON"よりも、施された装飾物を除去する工程、すなわち"OFF"に対してはるかに深刻な悩みを持っている事に気づいたからです。

社内外のジェルネイル愛好者へのインタビュー。自前のプロモーションビデオまで作り、満を持して望んだのですが、企画のキモであった「自宅でカンタン・高品質にネイルアートプリント」「WEBから豊富なネイルデザインを選んでダウンロード」といった、"ON"に関するアピールポイントに対する反応は今一つでした。一方、「特殊ベースコート剤でOFFがカンタンにできます」に対する反応は凄まじく、「それは、欲しい!」という力強いコメントが、OFF作業における数々のトラウマ体験談とともに堰を切ったように返ってきました。ユーザーだけではありません。ネイルサロン経営者やネイリストからも、極めて肯定的な反応が得られました。OFF作業はサロンにとっても収益性が悪く、経営効率の観点からも改善が求められている領域だったからです。

ネイルアートを施す人も、施される人も、OFF課題の解決を望んでいる―。この気づきが、私達の企画を現在の方向に大きく転換させたのです。

ジェルネイル 魅力と課題のトレードオフ関係

Nafeee2.jpgnafeeeのジェルネイルの構造

昨今のネイルアートで主流となっている"ジェルネイル"は、ベースコートと呼ばれる粘液状の合成樹脂を爪に塗布し、UV光や可視光をあてて硬化させ、その上に、着彩塗料や装飾物を加えて再度硬化させ、最終的にトップコートと呼ばれる仕上げ材で表面のつや出しと保護をおこないます。

 高い意匠性に加えて耐久性があり、水仕事など様々な刺激をうけても美観を損なわないことから圧倒的な人気を得て、2000年代初頭から急速に普及し、ネイルアート産業を2,000億円※1を超える規模に押し上げる要因となりました。

※1:NPO法人 日本ネイリスト協会ネイル白書2020 より

 しかし、その大きなメリットのひとつである耐久性は、副産物として除去工程における多大な労力と時間、そして爪に大きなダメージを与える原因になってしまいました。「外れにくい」は「外しにくい」ということになり、逆に「外しやすい」は「外れてしまう」となるトレードオフの関係なのです。OFFの具体的な方法には、歯科医が使用する研削器具のようなもので、爪の上に塗布された固い樹脂を、粉塵をまき散らしながらこそげ落とす"マシンOFF"や溶剤によるOFFなど様々な方法がありますが、いずれも爪を傷めてしまうことになり、これを解決する根本的な手段がありません。

Nafeee3.jpg様々な条件で調合したベースコート剤の剥離性を確認

まるで鍵を閉めたり、開けたりするように、「ネイルが外れてほしくない時はしっかりくっつき、外したいときにはポロっと簡単に外せる」。この「あんなこといいな、できたらいいな」に対し、私たちは、特殊な溶剤と光を用いることで、圧倒的にストレスが少なくOFFすることが出来、それによってより良質なネイルアート体験を提供するという、事業アイデアのベースラインを固めました。

OFFの負荷をOFFする、その先にあること

Nafeee4.jpg実証実験のために初めてネイルサロンでジェルネイルを施術した川口(写真左)

この様に、ネイルアートにおける、楽しくない要素(OFFの負荷)を取り除く(OFFする)、これが現在の事業アイデアの核となっていますが、私たちが将来的に目指しているのは、誰もが、いつでも、どこでもネイルアートをもっともっと楽しめるようにする事です。ネイルの世界のなかでも、ジェルネイルを提供するためのハードウェア、ソフトウェア、トップコートなどをはじめとした剤、サービスそしてネイル産業で働く人の環境。急速に発展した産業であるがゆえに、取り組むべきこと課題も多いのではないか。そのような仮説を、私たちは持っています。

実際、米国においては、急速に発展したネイル産業従事者の半数以上を占めるベトナム系移民の雇用問題がUCLA Labor Centerによって指摘されています※2。人々が安価で手軽にネイルアートを楽しめる事と引き換えに、劣悪な雇用環境に身を置かざるを得ない層が生まれる。需要と供給のいびつなマッチングが生んだこの構造的問題の解決は簡単ではないと思います。しかし、この米国の事例に限らず、新しいソリューションの提供が、ネイルサロンの職場・経営環境の改善に少しでも寄与するなら、それは大変意義深い事だと考えています。

※2:NAIL FILES A STUDY OF NAIL SALON WORKERS AND INDUSTRY IN THE UNITED STATES, 2018

ネイルアートをする人も、される人も、もっとネイルアートを楽しめるようになった。そして、それに少しでも寄与できた。それを実感できることが、私たちの事業における三方良しであり、ささやかな願いです。

また、将来的には美容事業者、ユーザー双方へのベネフィット創出を通して、美容産業の発展に貢献できればと考えています。これまで美容家電のマーケティングを通して海外市場と関わってきた中で、ジェンダーフリーの発想を含め、性別、世代、国境といった、かつて強固であった認識の枠組みが希薄になり、ありのままの個性を是とする風潮が、米国市場等においてはとりわけ顕著になってきたように感じています。日常の身だしなみから、メイクアップ、ネイルアートまで、美容事業を「お客様がありたい自分の姿に近づくお手伝いをする事業」と、位置づけるなら、多様化する価値観に応じて、新しいお手伝いの仕方があっても良いはずであり、そして、そこに大きな可能性があるのではないかと考えています。

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