Sep 14, 2018

なぜ消費者が求めていないプロダクトができてしまうのか?

Game Changer Catapult

なぜ消費者が求めていないプロダクトができてしまうのか?

企業や組織の枠を越え、新規事業の創出を加速させるというミッションを掲げるGame Changer Catapult(ゲームチェンジャー・カタパルト)。消費者のニーズや課題が見えにくい現代において、どうすれば求められる商品やサービスを生み出せるのでしょうか。

20年以上「ユーザー中心発想」によるサービスデザイン、UXデザインに携わる株式会社インフォバーンの井登 友一氏と、Game Changer CatapultのUXディレクター横田が、「UXデザイン」をキーワードに「真にユーザーに必要とされるイノベーション」について語り合いました。

「不便」が解消された現代において、消費者は次に何を求めるのか

井登30年前の日本には、まだ改良の余地がある「不便なモノ」があったんですよね。例えば「掃除をもっと簡単にしたい」とか「手作業でやっているこの作業を機械化できないか」とか。だからこそ課題も発見しやすく、「より使いやすく、使い方に迷わず、誰が使っても失敗せず、ケガをしないモノ」を生み出そうと進化してきました。

2_インフォバーン井登氏の写真_Picture of Inobori from infobahn.jpg株式会社インフォバーン 取締役 京都支社長 井登 友一氏

横田:私がパナソニックのデザインセンターにいた頃に担当していたブルーレイ/DVDレコーダーの「DIGA」は、2009~2010年頃、お客様からのクレームや問い合わせが最も多い商品でした。「録画できない」「ダビングの仕方がわからない」「再生できない」など、特にリモコン操作にまつわる問い合わせが多かったですね。消費者の声を聞き、課題を一つひとつ解決していったんですが、そのうち「あれ?次に何をしたらいいんだろう?」という壁にぶつかってしまったんです。

3_GCC横田の写真_Picture of Yokota from gcc.jpgGame Changer Catapult UXディレクター 横田 雅美

井登:日本の企業は勤勉で、お客様の声に真摯に耳を傾けながら、多くの課題を解決してきましたよね。そのおかげで、今の日本には「使えないモノ」や「すぐに壊れるモノ」はほとんどなくなりました。でもその結果、ユーザーの「困りごと」としてのニーズや課題が上がってこなくなったんです。

横田:自動録画ができるようになりましたし、最近はテレビを見る人自体が減少しています。そんななかで「DIGA」の次の課題って何だろう?と考えていた頃に、「UXデザイン」という言葉と出合いました。UXデザインとは、製品やサービスを使用する際の印象や体験までデザインすること。でもパナソニックのデザイン部門のなかでも「UX」は未知の分野で、正しく理解できている人は皆無...。細々とUXデザイン研修を主催してきましたが、すぐには浸透しませんでした。

その後Game Changer Catapultに異動し、新規事業を進める上での必須科目として、また風土改革という点でUX研修を引き続き主催してきました。Game Changer Catapultでも、UXは大事なテーマとされつつも、新規プロセス上に見える形で最初からプロットされてはいませんでした。様々な先駆者やメンターに会い、話を聞くうちに「やはり人を見ないといけない。UXは必要なステップ」とさらに考えを深めることになりました。今年度から、ビジネスコンテスト通過者へのプログラム「boot camp」に組み込む形で、井登さんを講師にお招きし、UXデザインについて講義いただいています。

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井登:「UXデザイン」という言葉は、この10年ほどで日本でもよく使われるようになりましたね。「モノ」から「コト」へのパラダイムシフトが起こり、経験価値が重視される"(物質的には)ますます豊かになっていく"これからの時代においては、「使いやすいモノ」や「簡便なモノ」はもはや当たり前。反対に「多少使いにくくても面白いモノ」や「手間をかける喜び」が価値を持つようなケースも出てきました。

横田:ただ「便利なだけのモノ」には「価値」を感じてもらえないということですね。

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井登:これまで企業は「ユーザーが求めるモノ」「自社の技術を生かしたモノ」を作ってきました。いわゆる「ニーズ・ドリブン」「シーズ・ドリブン」です。でも、今の日本の技術水準で、課題解決を第一義に商品開発を行うと、どの企業が作っても機能やスペックに大した差は出ません。結局、同じようなモノができてしまって、そこにユーザーを感動させるような体験は生まれません。それじゃあゲームチェンジできないですよね。ニーズでもテクノロジーでもなく、「こうなったら面白い」といった「ヴィジョン」に基づくモノづくり、「ヴィジョン・ドリブン」ができるチームになっていかないと。消費者はニーズや問題だと思っていないけれど、「パナソニックはこうしたい」というコトや「今後こうなったら面白くないですか?」というコトを無理にでも見つけて、「文脈」も提案していく必要があります。ただの課題解決ではなく、消費者が思ってもみなかったような使い方や、新しい生活習慣を生み出すような提案が求められるこれからの製品やサービスにおいては、価値と文脈の両方のデザインがベースになってくるでしょう。

「効率化」の神工程を変えることができない

横田:とはいえ、いまだに消費者のニーズすら満たせていない商品もないとは言えません。

井登:「UCD(ユーザー中心設計)」の正しい手順が踏めていないということですね。「今まではこうしてきたから」と、企業のなかに既存のやり方や工程を変えたくないという意識もあるのではないでしょうか。

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横田:私はUXデザインって効率化とは真逆のところにあると思うんです。ユーザー調査のインタビューをして、ペルソナを設定・分析して・・・。手順を踏んでは立ち戻ってを繰り返して精度を高めていく。でも、これまで企業は徹底して「効率化」を重視してきましたよね。ルールを作って、同じツールを使って、効率化に成功してきた「神工程」があるので、それを変えてまで新しい手順を試すことに積極的になれないのかもしれません。もちろん皆、商品開発においてユーザーの声を聞くことの大切さはわかっているのですが、顔の見えない昔ながらのアンケート調査の結果やクレームの内容を聞いて、ユーザーの声を「聞いたつもり」になってしまうんです。それらは改善目標にはなっても、イノベーションのヒントにはなり得ないのに...。このように「ユーザー調査」などの言葉はすでに認識しているつもりでも、UXにおいては、中身が変わっていることに気付けないため、意識としてすれ違ってしまうことが多いんです。だからこそ、正しい知識を持って、適切な手法でUXデザインを経験する機会や、仕組みを整える必要があるのではないでしょうか。UX研修のなかで失敗を繰り返すような体験をもっともっとしていくべきだと思います。

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井登:Game Changer Catapultのミッションとして、パナソニックの製品開発や課題の探索、新しく市場に提案するコンセプトを作っていくプロセスそのものの「ゲームチェンジ」を、ぜひ目指してほしいですね。安全性や耐久性に関わる部分など、絶対に今までの工程を変えられないところと、よりクリエイティブに探索型に変えていけるところ。それを折り合わせるのは、現場レベルでは難しい。尖ったことを言いやすいGame Changer Catapultの出番ですよ。

横田:時間はかかるかもしれませんが、新規事業に取り組む際には、ぜひUXの新しい手順を取り入れられるようにしていきたいです! できれば既存事業の場合でも、共通言語としてUXデザインを理解し、実行できる人を増やしていきたいですね。

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井登:UXデザインを実践するなかで、ターゲットを絞ったり、消費者のこれまでのルーティンを変えるような提案をしたりすることは、企業にとってはチャレンジだと思います。でも、全員が喜ぶモノなんてありませんよね。「最初はニッチな市場がターゲットだけど、5~6年でこのくらいのシェアが狙える」など、どこから始めてどうやって成功させるのか、将来的にどういったマーケットを作るのか、という戦略を用意することも重要です。

今後10年で家電をどう変えるか

井登:パナソニックの家電は、これまでの50年で消費者の暮らしや生活習慣を大きく変えてきました。これだけ便利になって、課題が見えにくい世の中で、パナソニックがこれからの10年、社会をどのように進化させるのか、とても興味があります。

9_インフォバーン井登氏の写真_Picture of Inobori from infobahn.jpg

横田:私はこれまで主にテレビやオーディオなどの黒物家電を担当してきました。窓や天井に付けられるテレビや、ボタンが5つしかないリモコンなど、次世代のテレビを色々と模索しましたが、おそらくこれでは消費者に「価値」を感じてもらえないでしょうね。

井登:「シンプル」にすることが目的ではないですからね。

横田:黒物家電の一つの方向性としては、昨年私たちが提案した「AMP(Ambient Media Player:エーエムピー)」が挙げられるかもしれません。「AMP」はリビングやオフィススペースにインテリアのように飾ることができ、「視聴」というカタチを超えて、コンテンツを「感じる」ことのできる「機能性インテリア」です。主張するのではなく「暮らしに寄り添う」家電。私たちの提案する新しい「価値」の一つです。

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井登:一般的な消費者は、普段から商品を開発するつもりで暮らしているわけではないので、「何が欲しい」とか「どんな風になりたい」ということを説明や表現することができない。だから私たちが探っていかなければなりません。昔は夜が暗いのは当たり前だったから、誰も夜に外出したりしなかった。でも照明を開発した人が「夜に明るいとこんなに便利ですよ」と認識させたことで、人々の意識や行動が変わったわけです。

新しい「価値」や「文脈」を作り出し、理解・浸透させることは企業の責任であり、特権であり、面白さでもあると思います。この20年、インターネットの登場で消費者が簡単に情報を得られるようになりました。UXもこれまでとは変わって来るでしょうね。便利さ以外の「価値」と「文脈」を、パナソニックがどうやって家電に取り入れていくのか、期待しています。

Special thanks ; 株式会社INFOBAHN https://www.infobahn.co.jp/

プロフィール------------------

井登友一

株式会社インフォバーン 取締役 京都支社長 IDL(INFOBAHN DESIGN LAB.) 管掌

デザインコンサルティング企業にて、マーケティングコンサルティング、チームビルディングのためのコーチングに従事後、リサーチ&エクスペリエンスデザインの専門部署立ち上げに参画。デザインリサーチ手法を主軸アプローチとする定性的なユーザーインサイトに基づく「ユーザー中心発想」によるマーケティングコミュニケーション設計に約10年間従事し、数多くのペルソナ開発プロジェクトを担当。その後株式会社インフォバーンに入社し、2011年6月1日に西日本における戦略的拠点として京都支社を開設し責任者を務める。現在はクライアント企業へのUXデザイン・サービスデザインに関する支援業務を中心としてイノベーション創出プロジェクトのリードを担当。

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