Mar 6, 2018

【対談】超高齢化社会に向けて、高齢者と家族を繋ぐ「Famileel」の挑戦

Game Changer Catapult

【対談】超高齢化社会に向けて、高齢者と家族を繋ぐ「Famileel」の挑戦

Game Changer Catapult(ゲームチェンジャー・カタパルト)は、Panasonic発の新規事業コンテスト。審査に通った各チームはビジネスモデルの検証と同時にプロトタイプ制作までを行い、米国オースティンで開催されるクリエイティブ・ビジネス・フェスティバル「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」に出展します。

今回紹介するのは、離れた世帯へのテレビ電話を可能にするコミュニケーションデバイス「Famileel(ファミリール)」。通話中の音声を自然言語処理し、画面へ字幕として表示することで、聴覚だけでなく視覚でのコミュニケーションも可能にします。

その制作の背景には、高齢化社会の急速な進展に伴い、親世帯と子世帯が離れて暮らす家族が増加していることがあります。平成27年の「国民生活基礎調査」によると、65歳以上の高齢者のいる世帯31.5%が夫婦のみ世帯、26.3%が一人暮らし世帯となっています。実に半数以上の世帯は、他の家族・親戚と離れて住んでいるのです。

今回は開発チームから、ユニバーサルデザイン担当の山下幸一郎と開発担当の久保武が、東京電機大学システムデザイン工学部の徳永弘子博士と対話する機会を得ました。徳永氏は、離れて暮らす親世帯と子世帯に対し、2ヶ月に渡ってテレビ電話を活用した実証実験を行い、「遠隔共食」が親の主観的幸福感にもたらすことを立証した経験を持ちます。

その対話からは、Famileelチームも一石を投じようとする「高齢化社会の未来」を占う一面も浮かび上がってきました。

Famileel_0012_s-gcc_0378.png(左から)Panasonic 久保武、Panasonic 山下幸一郎、東京電機大学システムデザイン工学部 徳永弘子博士


家族の団欒スペースにある「テレビ」が新たな役割を持つ

山下:Famileelはもともと、ひとりのパナソニック社員の実体験から始まっています。彼女の両親が、耳の聞こえづらくなった祖母と電話越しで叫ぶように話していて、他愛のない会話でもお互いに大きなストレスを感じ、関係性さえ悪くなってしまうことを悲しく感じました。そこから、離れて住む高齢者と家族とのコミュニケーションをサポートする方法を考え始めました。

耳の聞こえづらくなった高齢者にヒアリングをするなかで「耳が聞こえなくなった自分が情けない」とおっしゃったことを強烈に覚えています。せっかく電話をつないでも子供からの声が届かないので会話が成立しない。それを自分が悪いからと捉えてしまい電話をかけることを躊躇してしまうんです。

また、実際に高齢者が電話する様子を伺うと、左手で受話器を持ちながら、右手で鉛筆を持ってメモをとっているとおっしゃったんですよ。なぜかと聞くと、「自分が話したことも忘れちゃうときがあるんですよ」とのこと。そこで「テレビに文字を表示しながら会話できること」がそういった方にも役立つのではないかと思い、Famileelを開発しています。

Famileel_0018_s-gcc_0306.pngFamileel チーム ユニバーサルデザイン担当 山下幸一郎


徳永:テレビ電話の良いところは、リビングのような「人が自然に集まる場所」で会話ができることだと思うんです。私は離れて暮らす親世帯と子世帯にタブレット端末を配布し、「2ヶ月にわたって食事中にテレビ電話をする」という遠隔コミュニケーションの実験を行っていました。食事は自然に家族を集め,食べ終わるまで緩やかに着席を拘束するので,家族間の遠隔コミュニケーションにはとても良い環境であったと思います。

また、会話システムとして重要なのは会話を始めるまでのステップを短くする必要があるということもわかりました。

高齢者は基本的に「新しいもの」に抵抗があるんですが、タブレットは習熟しないといけません。テレビに新しい機能を付けるだけで、その効果が得られるのはとても良いことです。

Famileel_0014_s-gcc_0347.png東京電機大学システムデザイン工学部 徳永弘子博士

久保:私もお話を伺った高齢者の方も「今まで付き合ってきたテレビだったら操作も大丈夫」とおっしゃっていました。

それに、最近の若い世代はスマートフォンでYouTubeやニュースを見ることもあり、テレビをあまり見なくなっているといわれます。ただ、一昔前はリビングでテレビを家族と一緒に見て、面白い場面で笑い合っていました。「団欒」の中心にあるテレビを離れて暮らす家族のコミュニケーションの手段にできるというのは大きくプラスに働くと思っています。「団欒」の一部であり、自然に人が集まってくる場所として見ても、徳永先生の「食事中」というアプローチは特に有効に感じますね。

Famileel_0015_s-gcc_0321.pngFamileel チーム 開発担当 久保武


徳永:テレビ電話を食事中に行うと、お互いの画面に見える「ご飯」の話題から入っていけます。実験映像に「近所の人にもらった野菜でつくったサラダだよ。美味しそうでしょ?」と、子供が親に晩ご飯のおかずを見せるシーンがありました。


その一言だけで、親は子供の近所に食べ物をやり取りするような親しみのある人が近所にいることがわかりますよね。画面に「団欒の風景」が映ることで、より正確にお互いの状態を伝えることができるんです。

さらに、Famileelは字幕をログとして残すことによって、交わされた大事な話を忘れないでいることもできる。何気ない会話が、後々価値のあるものとして残っていくことは、また利用者たちの宝となって残っていくので、いいのではないかと思います。

電話する前後の「気配」が会話の糸口になる

徳永:ただ私の実験は、ビデオ通話を開いた「後」の遠隔コミュニケーションの研究です。実際の利用シーンでは、高齢者と家族にビデオ通話をつないでもらうまでが大変ですよね。Famileelには、高齢者が使いやすい工夫として、どのようなところがあるのでしょうか。

Famileel_0010_s-gcc_0455.pngFamileelのプロトタイプ「たまちゃん」。触りたくなる温かみや可愛さを考えて設計している。

山下:おっしゃる通りで、子世帯は忙しく働く家庭が多いのもあって、高齢者はお互いに「電話をかけていいタイミングなのか」がわからない。相手に迷惑をかけてしまうのではないかと、電話をかけるのを躊躇してしまうんです。一方で子世帯は、高齢者がどう過ごしているか気になるけど、電話をかけてまで確認しようとは思わないんです。

つまり、親も子供も電話をかける前に相手の状況が知りたい。そこで「電話をかけていないときでも相手を感じることができる」ように、サービスを設計しました。

たとえば、子供がFamileelに近づくと、親世帯にあるFamileelが光るんです。親世帯と子世帯を常時接続しており、「かけていい頃合い」をライトの色でお知らせしてくれます。

Famileel_0009_s-gcc_0472.png

徳永:良いですね!相手が「そこにいる」ことが、気配のようなかたちで伝わってくるのですね。

山下:また、使いやすさも良くしようと考えています。パソコンやスマートフォンは普及していても、なかなか高齢者は使いこなすことができません。「高齢者向けの携帯」を使う方もいるのですが、実際は直径10ミリを超える大きなボタンでもうまく押せないという現実があります。

Famileelは頭部全体がボタンになっており、手のひらで軽く押すだけで電話がかけられるようにしたいと思っています。ワンタッチで特定の場所に電話がかかる「短縮ボタン」のような設定にしようと考えているんです。

徳永:私は、Famileelは「家電」というより「家族の一員のような存在」になると思うんです。リビングにいるだけで「相手がそこにいるかどうか」がライトの色でわかると、生活のふとした瞬間に相手を思い出す回数が多くなるでしょうから。

実際、ビデオ通話が「通話している以外の時間」のコミュニケーションにも好影響を与えることが私の実験でわかっています。Famileelが、相手の「気配」を感じさせてくれることで、通話していない時間への幸福度にも効果がありそうですね。

Famileel_0000_s-gcc_0516.png徳永氏の研究では、家族との遠隔コミュニケーションによる高齢者の幸福度の影響を調べるために日々の予定、食事内容、心理的な状態などを実験協力者に記録してもらっている。


山下:そういう気持ちも込めて、Famileelは「コミュニケーションサポーター」という新しい肩書きを持つ製品にしようと思っています。離れていても、相手が「そこにいる」とわかる。通信のためだけの家電でもなく、コミュニケーションの相手になるロボットでもない。強いていうなら、その「間」のような存在です。


世界でもまだ事例がない「超高齢化社会」への挑戦

久保:Panasonicは総合電機メーカーですから、冷蔵庫や洗濯機などとFamileelをインターネットでつなぐことで、さらなる暮らしの連携が可能になると考えています。

徳永:私が他に携わった遠隔コミュニケーションの研究では、「コンピューターがキッチンの音を認識して、チャットで一報をくれる」というものがあります。「換気扇とガスと包丁の音が同時にしているから、手の込んでいるものをつくっているようです」と、チャットボットが「会話を始める前の状況」を教えてくれるから、その後の会話に入りやすいという仕掛けです。

山下:いいですね。ただ、Famileel自体は限られた機能のみ持たせようとしています。Famileelは主役にならず、あくまでも家族のコミュニケーションのためにそばにいて、他の家電との連携から生まれるサービスは例えばテレビを通して行うようにしようと。

そしてそれは、今回のGame Changer Catapultだからこそできることでもあります。通常の商品開発を行うと様々なユーザーや機能を想定することを求められ、何でもできて、賢い、家の中で主役になるロボットが出来上がったと思います。そしてそれは恐らく、一人暮らしの高齢者には不安を抱かせるものになったでしょう。事業を「小さく」始められるGame Changer Catapultだからこそ、特定の困りごとへ挑戦することができたと思います。


徳永:団塊世代が後期高齢者になる「2025年問題」がよく聞かれるようになってきました。
行政が介護費用を負担しきれず、サポートが行き届かなくなるという問題に対し、いま元気な高齢者の方々をどうサポートし、介護が必要になるまでの期間を延長することができるのか。それが私の研究の出発点でもあります。

それに対し、先ほど紹介した私の実験で、大変面白い結果がありました。高齢者は皆さん、実験を通し家族との会話が増えたのですが、それにより一番変わったことを聞くと、『明日への意欲』が明らかに上がった、という回答が見られました。これは皆さんが目指すものにも関連するのではないでしょうか。

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久保:それには新しいコミュニケーションのかたちが必要だろうと考えたんですよね。家族が高齢者を「見守ってあげている」のではなく、「対等の関係である」ことが重要だと思うんです。どっちかが「何かをしてあげている」とか「してもらっている」じゃなく、高齢者とそのご家族が「対等である」ことを感じられるコミュニケーションが必要だろうと。Famileelは、それを形にしたものでもあります。


徳永:高齢者の方にとっては「自分が役に立ってる」と思うことが明日への意欲につながります。一方的に孫の写真を頻繁ににもらっているだけではなく、自分も相手の生活に役立っている実感が必要なのです。

実験協力者のうち子世帯が、1歳になるかならないかの赤ちゃんにご飯を食べさせようとしていたことがありました。だんだんお腹いっぱいなってくるとスプーンで唇をつついても、口を開けなくなってくるんです。そしたら、おばあちゃんがテレビの向こうから「アーン!」と言って、赤ちゃんの口を開けさせたんですよ。まさに共同作業だなと思って(笑)。

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山下:きっと、そういう使い方もFamileelはできるのだろうと思います。超高齢化社会はまだ世界でも事例がないことなので、実際に製品をつくってみないと、どんなニーズや使用用途があるかはわかりません。また、高齢者の少ない社会にも、Famileelが活躍できるニーズや使用用途があるかもしれません。

だから、SXSWでグローバルな視点からのフィードバックをもらえることが楽しみです。日本で実証したのち5年、10年後に高齢化を迎えた国でも愛される製品になれたら良いと思っています。

Famileel_0016_s-gcc_0315.png

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